建国記念の日~つきBONのブログより
 「いったい君たちは小学校で何を学んできたのだ」と中学生たちをあえて叱ることがあった。彼らは自分たちが暮らすこの国が、いつ、だれによって創られたかを一人として答えられないのである。

 これはむろん生徒のせいではない。小学校の先生自身が知らないのであり、さらに原因を遡及するなら学習指導要領にちゃんと書かれていないためである。

 しかし普通に中学校で歴史を習えば、例えば米国は1776年の独立宣言により建国したこと、フランスは1789年の大革命に共和国のルーツを持つこと、中国は1949年に毛沢東が建国を宣言したことは当然分かるはずなのである。

 私は中一の歴史学習のはじめにまず日本の建国について聞き、歴史好きと称する生徒たちの鼻っ柱をへし折ることにしている。これは言ってみれば自分の誕生日や年齢を知らないと同じくらいうかつなことなのだ、と釘をさしておくと、その後こいつらはいくらか謙虚な態度になる。

 日本の建国は神話の世界に根ざすほど古い。神話をひもとかねば建国は絶対に語れないのである。

 ましてや2月11日がなぜ日本のバースディなのかは絶対に分からないであろう。従って私の日本史の授業は2〜3時間にわたる神話の講義から始まる。イザナギ・イザナミの国産みとイザナギの死、天の岩戸隠れ、スサノオの大蛇退治、そして神武建国、さらに時間があればヤマトタケルの伝説にもふれる。

 「我が身の成り余れるところをもちて汝が身の成り合わざるところをさしふたぎて国産みせむと思うに如何」

などというイザナギのプロポーズの直截さは記紀の原文で紹介してやってさえ中学生の爆笑を誘う。

 また、なぜ死んだ者が復活することを黄泉(よみ)がえるというのかを知り、彼らはどよめく。

 サッカー部の生徒は「三本足のカラス(八咫烏)」が全日本のエンブレムに使われている理由を初めて知ることになる。神話は壮大な愛と冒険のファンタジーであり、今の自分たちの暮らしに大きくかかわるヒストリーでもある。それに触れささず、何の歴史学習の意味があろう。

 建国については、それが西暦でいうBC660年、旧暦1月1日に奈良県橿原地方で行われた初代神武天皇の即位に由来すること、それを太陽暦に換算すると2月11日になること、実証的な学問からすれば、実際の建国は4世紀頃と推定されること、以来わが国には125代にわたり一系の天皇が続いていることなどを押さえておけばよいであろう。

 こういう民族のルーツにかかわる知識は、これから国際化し世界の人々との交流が増える若い世代にこそ知っておいてもらいたい内容である。しっかりしたタテの糸があってこそ色とりどりの横糸を自在に交えることができる。以前、ホームステイした日本の学生が「国歌を聴かせてくれ」とホストファミリーに言われ(学校で君が代を歌ったことがなかったため)歌えずに恥をかいた、という話を聞いたことがあるが、日本人としてのアイデンティティを持たない国際化など根無し草の漂流にも等しい。

 いまだに悠遠な歴史と一系の王朝をいただく国柄を誇りに思えない人々が少なくない、ということはけっこうゆゆしき事態である(以前地元の経済誌に、国旗国歌が誇れないようでは教員として失格だ、と書いたら県教委のトップクラスの方から絶賛の電話がかかってきた。本県はそういう面では大丈夫らしい)。

 しかし、単に式典で国歌が歌われ国旗が掲揚されているだけでは不十分なのである。それがどのような意味を持っているのかをきちんと教えてやらねば教育の名に値しない。
 
 今日は紀元節。年に一度日本人としての自覚をあらたにする日でもある。

 (平成29年2月11日)
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